宇宙観測の歴史
ここで、簡単に宇宙観測の歴史を振り返りましょう。
17世紀初頭にガリレオ・ガリレオが光学望遠鏡を天体観測に応用するまでは、肉眼で天体の運動を観測し、その運動をつかさどる法則を探ってきました。その後、1932年にアメリカ人のカール・ジャンスキーが天の川からの電波を初めて観測したことがきっかけで、電波望遠鏡が天体観測に使われるようになりました。電波望遠鏡の登場がこの宇宙をより詳細に観測するために決定的な役割を果たすことになります。それまでは可視光(可視光も電磁波の一種です)と言うごく限られた手段を通してのみ天体を観測していましたが、この電波望遠鏡が実用化されてからは、非常に幅広い波長帯の電磁波を使って、目で見える天体だけではなく、目では見えない宇宙全体を観測することが初めて可能になりました。つまり、図1にあるように、虹色の部分の波長帯(数百ナノメートル)の可視光でのみの限られた天体観測から、幅広い波長の電磁波で宇宙を「見る」ことができるようになったのです。
その電波望遠鏡による20世紀最大の発見は、1964年のアーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソンによる宇宙マイクロ波背景放射(宇宙のあらゆる方向から飛来している温度約3Kの電磁波)の発見でしょう。この宇宙マイクロ波背景放射は、実は1940年代に ビッグバン宇宙論を唱えたジョージ・ガモフによって予言されていました。ガモフは、超高温の宇宙が放っていた光は、その後の宇宙の膨張によって波長が引き延ばされ、現在では電磁波の形で宇宙に残っているであろうと予言しました。ビッグバンの直後の宇宙はどこも高温だったのですから、その光は宇宙全体に満ち溢れており、膨張した現在の宇宙では「あらゆる方向からやってくる電磁波」になっているはずです。そして、その予言に一致する宇宙マイクロ波背景放射が発見されたことにより、 ビッグバン宇宙論が広く受け入れられるようになったのです。ちなみに、ペンジアスとウィルソンの二人は、この功績により1978年にノーベル物理学賞を受賞しています。
図1:地上における電磁波の窓
出典:
http://commons.wikimedia.org/wiki/
このように、電波望遠鏡による観測の貢献は非常に大きなものなのですが、大気の影響によって観測の精度と波長帯は限られていました。この限界を破ったのが、20世紀の後半になってからの人工衛星の登場です。人工衛星に望遠鏡や観測装置を載せて大気圏外に打ち上げることにより、大気の影響の無い条件で天体・宇宙の観測が可能になりました。大気圏外に出れば、あらゆる波長の電磁波による観測が可能になります。つまり図1で示される全波長帯の電磁波を使って宇宙を見ることが可能になったのです。一例として、特に1990年に打ち上げられたハッブル望遠鏡(可視光観測中心)が有名です。このハッブル望遠鏡により、地上からの観測では到底望めなかった可視光での観測を目的とした超精密な天体像が得られるようになったことは皆さんもご存じだと思います。また電波領域の例としては、1989年に打ち上げられたCOBE衛星(図2)や、2001年に打ち上げられたWMAP衛星(図3)が有名です。この二つの衛星はマイクロ波(波長がマイクロメートルからミリメートル程度の電磁波)によって宇宙を観測することができます。図1のちょうど真ん中付近の波長帯で、地上においては大気の影響によってこれまではほとんど観測が不可能だった波長帯です。これらの衛星によるマイクロ波の精密観測により、宇宙初期についての詳細な観測情報が手に入るようになりました。さらに、それまではまったく均一だと思われていた宇宙マイクロ波背景放射に非常に小さな非等方性が見つかりました。この発見がインフレーション宇宙モデルを支持する証拠の一つとなっています。
図2:COBE衛星
出典:http://library01.gsfc.nasa.gov/gdprojs/images/cobe.jpg
図3:WMAP衛星 2001年打ち上げ。現在も観測を続けている。
出典:http://map.gsfc.nasa.gov/m_ig/990115/990115L.jpg
一方、地上からの宇宙観測も精力的に続けられてきています。近年では、地上においても大気の影響を最小限に抑えるために、4,000mから5,000mの乾燥した高地に大型精密望遠鏡や最新鋭の観測装置を設置し、精密な宇宙観測が始まっています。例としては、ハワイのマウナケア山(標高約4,200m、晴天率約60%)やチリのアタカマ高地(標高約4,800m以上、晴天率70%以上)の高地で観測が行われています。これらの観測プロジェクトでは、宇宙に打ち上げるには早すぎる最新鋭の望遠鏡や観測装置によって、宇宙での観測とお互いに補い合うような観測が行われています。
わたしたちの観測プロジェクトでは、このチリのアタカマ高地に最新鋭の電波望遠鏡を設置して、これまでにない超高精度の宇宙観測を行なうと共に、衛星搭載用の小型の最新鋭観測装置を開発し、将来の衛星による観測に備えます。